たかまろにっき

なぜか人生がコンテンツ力に溢れてる、とある男子大学生の日記帳。

王子様への片道切符 ~旅客営業規則に阻まれたお姫様の恋心~

こんにちは。たかまろです。

今月は久しぶりに遠出するので宿の手配や乗車券の購入などをしているところでございます。そんな中、想定外に伸びたのがこのツイート。

 

 

岐阜県多治見市にある「姫」駅から東京都北区「王子」駅までの普通乗車券です。なんかロマンチック。今回はこの乗車券について書いていきたいと思います。

 

遠距離恋愛が彼女を苦しめる

JR太多線の中間駅である「姫」駅。名前からして大きな宮殿からフワッフワのドレスを纏ったお嬢様が出迎えてくれそうな感じがする。実際は乗降客数1日平均400人程度の無人駅。列車は1時間高々3本という寂しい駅である。

対して「王子」駅はJR京浜東北線から東京メトロ南北線都電荒川線が集合する主要駅である。一日の乗車人員は63,690人(2016年)。姫駅とは大きく違う。

まさに対局の地位にいる2人と言っても過言ではないだろう。2人の距離は直線距離にして約250km。地位の格差や距離によって隔てられた2人を繋ぐ手立ては果たしてあるのか。……これが案外面倒。

多くのJRの駅には指定席券売機なるものがある。いわゆる「紫色の自動券売機」で、特急券や定期券、乗車券を購入できる便利な機械である。

この券売機には「乗換案内から乗車券を購入」という普段使いするにはもってこいの便利な機能があるのだが、これで「姫→王子」を購入するとある問題が生じる。乗換案内は2駅間を合理的な経路で結ぶことを勿論推奨してくる。よって、普通に考えて彼女ら2人はこういうルートで結ばれるだろう。

姫(太多線)多治見(中央西線)金山(東海道線)東京(東北本線)王子 …①

ここで旅客営業規則を見てみよう。

(特定都区市内にある駅に関連する片道普通旅客運賃の計算方)
第86条
次の各号の図に掲げる東京都区内、…(中略)…(以下これらを「特定都区市内」という。)にある駅と、当該各号に掲げる当該特定都区市内の◎印の駅(以下「中心駅」という。)から片道の営業キロが200キロメートルを超える区間内にある駅との相互間の片道普通旅客運賃は、当該中心駅を起点又は終点とした営業キロ又は運賃計算キロによって計算する。

JR東日本:旅客営業規則

王子駅は東京都区内、そして姫駅は東京都区内の中心駅である東京駅から200km以上ある。よって「姫→王子」を①の経路で発券してしまうと券面には「姫→[区]東京都区内」と表示されてしまう。またこの切符は東京都区内のどこでも旅行を終了できる。王子様への一途な気持ちを伝えたいのにこれでは台無しである。……まぁ上京してから品川とか東京に目移りしちゃう気持ちもわかるけど。ここは王子様一択で行きたい。都会住みの王子様を攻略するにはさてどうしようものか。

 

姫は遠巻きに王子へアタックする

また旅客営業規則に戻ってみるとこんな事が書いてある。

第86条(続き)
ただし、特定都区市内にある駅を発駅とする場合で、普通旅客運賃の計算経路が、その特定都区市内の外を経て、再び同じ特定都区市内を通過するとき、又は特定都区市内にある駅を着駅とする場合で、発駅からの普通旅客運賃の計算経路が、その特定都区市内を通過して、その特定都区市内の外を経るときを除く。

JR東日本:旅客営業規則

簡単に噛み砕くと「同じ特定都区市内を出入りする経路にすれば、ちゃんと目的地の駅同士を結ぶ切符になる」という話。つまりこういう経路にすればよさそう。

姫(太多線)多治見(中央西線)金山(東海道線)東京(中央東線)西国分寺(武蔵野線)南浦和(東北本線)王子 …②

一旦武蔵野線を経由することで東京都区内を脱するので先程の要件を満たし、「東京都区内」の表記が外れるわけです。*1

さてこれで経路の準備は完了。あとは実際に発券してもらうだけ。

 

大学生協ごときに彼女の恋は実現できない

大学で学割証を発行し、いざ生協のみどりの窓口へ。②の経路を伝えていざ発券というところで生協のおばちゃんから一言。

──なんか東京出たり入ったりする切符が出せないみたいなんですよ…。

毎回クソみたいな経路で出してもらいお世話になっている生協のおばちゃんをもってしてでも出せないだと…?やはり王子様への恋というのはそんな簡単に叶うものではないのか。

結局JRのみどりの窓口で無事発券。券面にはきちんと「姫→王子」の文字が。

 

4日間有効の王子様への片道切符。いつか両想いになってくれたりするのだろうか。鉄道だけにすれ違いで離れていくなんてことがないといいのだが。

*1:例えば西船橋・南船橋経由とか蘇我経由とかでもOK

MRI検査をしてきました

「あれっあぐらかけないんだがw」

身体の異変に気づいたのは先週水曜日のこと。あぐらをかこうとすると股関節に激痛が走る。

…と言っても私は身体の硬さには定評があるので、まぁそんなもんかとその日一日はボーッと過ごした。

翌朝、起き上がろうにも激痛でどうにもならない。おい今日は勤務があるんだぞx_tkmr。しかもここは川越から1時間ほど離れた母方の実家。

「えっ詰みでは?」

なんとか起き上がるも歩くのがやっと。あぐらなんてもってのほか。これはヤバイと思いつつ、朝食をとる。

その日は午後には痛みが我慢できる程度になり、安静という言葉を知らない私はその後コンビニで6時間勤務をこなし帰宅。帰ったはいいものの激痛が再発し満足に横にすらなれない。納品2回も来たらまぁそうなるか…、と自分のアホさを再確認しながら寝る私(反省はしていない)。

 

…いや寝れないんだが?痛すぎるぞ?どの姿勢で寝るのが正解なんだ?もしや私は寝るのを許されない存在?

 

結局満足な睡眠が出来ず朝4時を迎えてしまう私。大学で鍛えられた”机に突っ伏して爆睡する能力”を覚醒させ、リビングのテーブルで質の悪い睡眠を取りなんとか眠気を紛らわす。この頃には椅子に座ることすらままならない状態になっており、さすがの私も病院に行くことを決意。

病院に行って自分の状態のプレゼンテーションをすると、いつもお世話になっている先生は一言。

「とりあえずレントゲンとMRI撮ろうか」

 

――というわけで入院以来7年ぶりのMRI検査になったわけでございます。

レントゲンの話は割愛でいいですよね。検査医のお姉さんに下腹部を押されて身体の位置を調整された話とかいいですよね。人間、下腹部で制御できると感動した瞬間でした。あとレントゲン写真にn[cm]砲がうっすら写ってておぉ~ってなったことくらいしかなかったような。

 

急を要しそうだとのことで、MRI検査医と先生の院内電話によるバトルを経て無理やり検査予約を突っ込んでいただき、後日再度来院することに。

 

MRI検査を受けるにあたっては同意書を書かされます。強力な磁場を発する機械なので金属系は全部ダメという話を延々受ける私。メイクも物によっては発熱するらしいのでなかなか怖い。あぁ、男に生まれてよかった。

そして検査当日。地下一階の物々しい雰囲気の検査室に案内される。検査着に着替え、いざ機械の中へ。「MRIは動きにめちゃくちゃ弱い」とのことなので撮影部位が動かないように検査機器の上で腰や足をベルトと重りでガチガチに固定される。そういうSMプレイありそうだよね。

 

f:id:tkmrmaron:20180222111922j:plain

MRI検査室。重厚な扉によって待合室と隔てられている。

 

目の前で研修医のお兄さんが手こずって先生に注意される光景を眺めたのち、そのお二人は別室に去っていき、けたたましいベルとともに検査が始まる。

機械の音がクソほどうるさいので、検査中は金属の入っていないやわらかヘッドホンで音楽を聞かされる。トトロの歌から始まり、君をのせて、…とテンション低めしんみりな感じのジブリ楽曲が続く。大衆受けするとは言え、気が滅入る。

外では「ビーーーーーーーーーーー!!!!!!!」「グォングォングォングォングォングォングォングォン」と大音量の機械音が鳴り響く。なんだか世紀末感すら覚える空間で、長いようで短い20分間を過ごしたのち「検査終わりです~」との声。久しぶりに人間界に帰ってきたような感覚を覚え、検査室を後にする。

 

検査結果は後日出るらしいとのことなのでその日は検査だけで通院は終わり。処方してもらった痛み止めを許容範囲内でガバガバ飲み、勤務先へ向かった。いい結果が出ると良いな。たぶん無理な気がするけど。

 

 

夜景を見るとセンチメンタルになりますよね、という話

お久しぶりの更新です。たかまろです。

自分の計画性のなさが露骨に出てしまいここ数ヶ月ブログを更新するだけの時間がありませんでした。レポートはやれるときにやっておこう。

 

さて、クウォーター制*1の唯一の恩恵とも言える試験期間を使い、久しぶりに横浜観光をしてきました。

 

f:id:tkmrmaron:20171121105337j:plain

はじめに訪れたのは「外交官の家」。高台にそびえる洋館が横浜らしさを出しています。

 

f:id:tkmrmaron:20171121104153j:plain

f:id:tkmrmaron:20171121104201j:plain

三渓園の入口にいた野良猫。人懐っこい子です。

 

f:id:tkmrmaron:20171121110550j:plain

f:id:tkmrmaron:20171121110558j:plain

三渓園。いわゆる“横浜”とは思えない自然の豊かさ、趣きに感動しました。

 

f:id:tkmrmaron:20171121112233j:plain

おでんとずんだのお団子を頂く。寒い季節に温かさが身体に染み渡ります。

f:id:tkmrmaron:20171121104345j:plain

横浜市営バス109系統でスカイウォーク跡へ。去年は下の広場(空き地)にも入れたのですが現在では柵で仕切られ、立ち入りが禁止されていました。みなとみらい地区を見渡せる穴場だっただけに悲しい。

 

f:id:tkmrmaron:20171121104257j:plain

廃墟となったスカイウォークとライトアップされた横浜ベイブリッジ。昔は大黒PAに車を置いてスカイウォーク散策なんてことが出来たらしいが、今では大黒PAから出ることすら出来ない。

 

f:id:tkmrmaron:20171121104237j:plain

現存しない施設名を名乗るスカイウォーク前バス停。横浜市営バス109系統は大黒ふ頭にある企業への通勤路線として今でも平日朝夕を中心に走っている。だだっ広いバス転回場にポツリと立つバス停が寂しい。

 

f:id:tkmrmaron:20171121112159j:plain

場所を移しみなとみらい橋へ。みなとみらい地区を北側から一望できる場所です。

 

f:id:tkmrmaron:20171121112215j:plain

みなとみらい橋からは大黒地区の建造物も遠くに見ることが出来ます。

 

f:id:tkmrmaron:20171121104305j:plain

バスを乗り継ぎ桜木町駅へ。名物大観覧車のあるエリアを撮影。

 

f:id:tkmrmaron:20171121113927j:plain

大観覧車とビル群。イルミネーションが一人旅の人間の心を突き刺す。

 

f:id:tkmrmaron:20171121112747j:plain

日本丸ランドマークタワー。展望台に登ればいい景色が見えるのだろう。

 

f:id:tkmrmaron:20171121112737j:plain

汽車道。昔は貨物線が通っていたところです。

 

みなとみらい地区ってカップルばっかだね。もっと撮影してから帰ろうかと思ったものの、中華街での夕食で満足してしまい帰路につきました。

 

冬空の下、独りで歩く横浜の夜。センチメンタル。

 

*1:=4学期制、7.5週毎に試験が訪れる。

サンライズ瀬戸乗車録

こんにちは。たかまろです。

現在私はJR四国完乗に向けてせっせとアホみたいな移動をしています。毎日の通学で鍛えられたヒップがここで活躍するとは…(副直車の座席が全体的に硬すぎる)。

さて、今回は「せっかく四国に行くなら」と珍しく重課金してサンライズ瀬戸に乗ってきました。とりあえず中の設備などについてダラダラと書き進めていきます。

 

東京駅入線が意外に早かった

21時45分、東京駅構内を散策して暇つぶしをしていた私はサンライズの発車する9番線へ。ホームに降り立つとなんともうそこにはサンライズの車が。何も下調べをしていなかった私はめちゃくちゃ驚きました。入線でも撮りたかったなぁと思いつつ大荷物とともに車内へ。
f:id:tkmrmaron:20170823213708j:image

▲りんかるとサンライズ瀬戸のツーショット

 

シャワーカードは早めに取っておこう

サンライズにはなんとシャワーがついています。MLながら常習犯の私は「課金の力ってすげー!」と感動しながらシャワーカードを購入。このカード、数量限定でだいたい熱海発車時には売り切れていることが専らという話を聞いていたので、私は乗車後すぐ購入しました。お値段320円。そこまで値が張らないのが嬉しい。
f:id:tkmrmaron:20170823214527j:image

サンライズのシャワーカード

 
f:id:tkmrmaron:20170823214904j:image

▲シャワーカード販売機。売り切れ後はその旨をピコピコ点滅して知らせるだけの悲しい機械に。

 

Bソロでも結構快適

私が今回利用したのがB寝台ソロの上段。構造としては車両のど真ん中に通路があって左右に上下2段でほぼ寝床の個室があるという感じ。最初は少し窮屈を感じたものの、住めば都。あのくらいの個人空間で十分だなぁと思えるようになります(私個人の感想)。

室内にはハンガー、紙コップ、ゴミ袋、更には室内着までもが予め準備されており、かなりいい待遇だなと感じました。

部屋は暗証番号式のロックがかけられ、また室内の調光もスイッチにより簡単に行なえます。まぁ寝るところですしこのくらいは当然なのかもしれませんが貧乏旅行の民にはどれも新鮮に見えました。

 

シャワーは早めに済ますべき?

何のためにシャワーカードを買ったかといえばシャワー室を利用するため。瀬戸出雲各編成2箇所にシャワー室が設けられております(うち1つはA寝台専用)。横浜あたりではまだ利用がなかったものの、それを過ぎると誰かしらが常に利用しているという状況。早いタイミングでシャワーを済ますのも手かもしれません。

シャワー室内にはドライヤーやボディーソープ、シャンプーなどが予め備え付けられています。シャワーカードを購入することで約6分間湯水を使用することができます。

衛生面が心配でしたがそのような心配は無用。シャワー後にはシャワー室洗浄ボタンを押すことで清掃が自動で行われます。水を吸う「ズポッ💢」という音にビビるくらいであとはとてもいい環境でした。
f:id:tkmrmaron:20170823220019j:image

▲シャワー室内。湯水使用時間のカウントダウン装置がある。お笑い番組みたいだなぁ。
f:id:tkmrmaron:20170823220036j:image

▲水が来ない部分にはドライヤーとシャワー室洗浄ボタンがある

 

ざっとこんなもんですかね。肝心の旅行の内容は気が向いたらまた書きます。ではおやすみなさい。

 

単発ガチャ『カミングアウト』

カミングアウトって難しいよねって話です。重そうだけどそんな重くないと思います。

 

おそらく御存知の通りぼくは両性愛者です。ぼくのスタンスを語らせていただくと、ぼく自身は「可愛ければ性別とか関係なくない?」と思っています*1。ちなみに性自認は生物学的性と同じで男だし、女装はただの趣味です。

 

性的少数者にまとわりつく問題が「カミングアウト」という行為です。

カミングアウト(英: coming out)とは、これまで公にしていなかった自らの出生や病状、性的指向等を表明すること。 英語の動詞形でカムアウト(英: come out)とも言う。 逆に、他人の秘密を暴露することをアウティング(英: outing)という。

カミングアウト - Wikipedia

この国にいる以上、異性愛者でないということは”異常”とみなされ、いろいろな面で本当に苦労します。そこでぼくを始めとしたマイノリティの人間はあらゆる策を講じて「異性愛者であること」を装います。「男と付き合うとかwwww」とか笑っている男共と一緒に笑ってあげたり、彼氏が出来たときには誰も居ないようなところだけでいちゃついたり、他にも数え切れないほどの手段を用意しています。ちなみに「同性愛を冗談だと思っている」タイプの話題は本当にキツイです。自分の存在の一側面を真っ向から否定されているわけですからね。

 

なんでそこまでのことをやらなければいけないか。答えは一つ、「そのほうが楽だから」です。前述の通り、この国では「異性愛者でない=異常」という方程式が確立されています。その中であえて異常とみなされに行くような人間はなかなかいません。例えるならばナイアガラの滝に命綱なしで飛び込むようなものです。

 

「もしかしたら飛び込んで生還したら有名人になれるかも」、そんな淡い期待も大体の場合裏切られます。「ゲイであることを告白したら親から縁を切られた」なんて話もザラです。結局何が言いたいかというと、「マイノリティであることがバレたら今までの関係が全て崩れてしまうかも」という不安を持ちながら多くの人間は生きています、多分。

 

マイノリティにとって「カミングアウト」とは単発ガチャみたいなものだと思っています。いけると思ったところで打ち明けて、程度も相手によって分けて、それでも相手に受け入れられなくて、1回限りでやり直しが効かなくて…そんな試行錯誤をプライベートの対人関係で繰り返さなけれないけないハードモードな人生。

 

ぼくは幸いにもそういうことに理解のある人と結構な確率で出会えているので割とこの性的指向をおおっぴらにしていますが、ぼく以外にも多くの人がこの葛藤で悩んでいるということを皆さんにはもっと知ってもらいたいです。そして、もしカミングアウトされたら、嫌悪感を持つなとは言わないので聞いてあげてほしいです。

 

ちなみにぼくはまだ両親に自分がバイセクシャルということをカミングアウトしていません。この先どうしようかな。やっぱりカミングアウトって難しい。

*1:すべての両性愛者さんがこういうスタンスとは限りません。「男は男らしい方が好きだし、女の子は可愛い子が好き」というのもまたスタンスとして存在しています

記録に残しておこう、という話

――数十年のうちにはね……

 

たまに、お世話になっている主治医さんの言葉が心に引っかかってしまう。『数十年』という単語が、これから先の道のりが長いことを遠回しに教えてくれる。

 

2010年10月、私はまだ中学1年生。学校で行われる尿検査で、なぜかぼくだけ陽性反応が出てしまった。呑気な私は「所詮簡易検査だし何かの間違いだろう」なんて気楽に事を考えていた。

 

数日後、保健室から精密検査の案内を受けた。どうやら再検査でも引っかかってしまったようだ。

 

ここから怒涛の病院巡りが始まるとは当初想像していなかっただろう。

 

地元のかかりつけ医に行った。

いつもお世話になっている院長さんは、診察を一通り終えて「紹介状書きますね」と一言。大学病院に回された経験など一回もなかったから、中学生の私には何が起きているのかもわからなかった。

 

大学病院に行った。内科から始まり、泌尿器科を経て、最後には膠原病内科というところに回された。朝一番で行ったのにもかかわらず、結局日が落ちるまで病院にいたことは覚えている。

 

膠原病内科まで行き、どうやら「全身性エリテマトーデス(SLE)」という病気らしいということがわかった。私が病院に来たときには既にそこそこ病状が進行していたようで、場所を変えて入院についての説明が行われた。

 

12月だったか、北風の寒い時期に私は病棟へと足を踏み入れた。きれいに整えられたベッドに有料のテレビ、何も入っていない引き出し、隣との間を仕切る薄緑色のカーテン。すべてが私にとっては初めての空間だった。

 

そこからの生活は、まさに自分が『病人』だということを強く思い知らされるものだった。毎朝6時に起こされ、3日に一回採血と血圧の測定が行われ、1日3食の食事を取り、夜8時には病棟全体が消灯される。多いときには一日十数錠の薬を飲まされ、またある日には1日中右腕に点滴が繋がれていた。

 

1ヶ月ほど経ち退院した後も、自宅療養を指示され、また1ヶ月ほど学校に行くことはできなかった。両親は共働きなので、日中は家事全般をほぼ自分の手で行っていた。朝は家族を見送ると朝食の食器を洗い、家族全員分の洗濯物を干し、自分の昼食を作り、たまに夕食も作ることがあった。

 

自宅療養が終わると2ヶ月ぶりの通学が待っていた。想像以上に筋力が弱っていたため最初は普通の生活すらままならなかったが、数日経つと元のとおりに。それからは2ヶ月おきの通院と1日数錠の服薬をこなしつつ今日に至る。

 

……と、これまでのSLEと私の連れ添いを長々と書いてみた。

なぜこんなことをしたかというと、最近身近に死を感じることが多くなったというのがおそらく原因だろう。

人間生きている以上いつかは死ぬのだと思うと、それまでに何か自分の生きていた証を残しておきたいと思うのはごく自然なことであろう。

そこで私が残せるものは何だろうと考えたとき、1つ浮かんだのが今まで書いてきた「SLEとの連れ添い」だった。もし仮にぼくが何かの拍子で死んだとしても、多分この連れ添いが残っていれば何か役に立つんじゃないか、なんて思ってみたりしたわけです。

 

SLE患者は思っている以上に少ない。そんな中で、こんなクソ馬鹿能天気な人間であるところの私の生き様が他のSLE患者の方の勇気になればいいな、なんてカッコつけてこの文章を結んでみます。おやすみなさい。また明日も元気で。

思い出はいつの日も雨 〜2017年5月遠征⑤〜

こんにちは。たかまろです。

とうとう6月も終盤になってしまいました。梅雨の時期というのはどうも感傷的になりがちなものでありまして、雨の降りしきる街並みを眺めながら些細な事に悶え苦しむような、そんな日々を過ごしています。いつ私の心は梅雨明けをしてくれるのだろう…。

 

さて、本題は前記事の続きです。遠征4日目は京都を出発し、大阪始発の特急ひだ(通称;大阪ひだ)に乗って下呂に向かいます。下呂に着く頃には小雨がぱらつく空模様に。雲が異様に低く、山に囲まれた地形と相まって雲海の中に閉じ込められてしまったかのような錯覚に陥ります。


f:id:tkmrmaron:20170619150837j:image

 

 

当然下呂に来たからには温泉に入ります。歳を取ったからでしょうか、旅行先で温泉に寄るのが最近のマイブームになっています。特に、ぼーっと湯船に浸かり考え事をする時間が好きで、気づいたら20分そこら経っているなんてことも。まぁそこでのぼせてフラフラになってしまうのが私なのですが。

 

 

下呂を出てからはひたすら高山本線を北上します。途中の猪谷では数十分の待ち合わせのついでに写真を撮っていました。

f:id:tkmrmaron:20170619143335j:plain

昔は神岡鉄道がここまで来ていたが、今ではJRの気動車が訪れるだけに。

f:id:tkmrmaron:20170619143601j:plain

テールライトには惹かれるものがある。

 

富山には19時前に到着。夕食は名物の白エビをふんだんに使った天丼でした。

f:id:tkmrmaron:20170619144946j:plain

 

翌日は富山観光。前日と打って変わって富山は快晴。いろいろなものを見てきました。

f:id:tkmrmaron:20170619145235j:plain

f:id:tkmrmaron:20170619145123j:plain

f:id:tkmrmaron:20170619145134j:plain

 

ここからはきっぷの経路通り新幹線で糸魚川を目指します。*1GWということもあり新幹線はほぼ満席。指定席を購入しておいた数日前の自分を褒め称えたいと思った瞬間でした。

 

糸魚川からは大糸線南小谷へ。1時間近くの待ち合わせの後、「リゾートビューふるさと」で松本を経由し長野を目指します。*2

f:id:tkmrmaron:20170619145923j:plain

めちゃくちゃ快適な車両

 

長野到着後はすぐに折返して松本へ。この時既に5月7日日曜日の夜。東京へ帰る中央線経由の最終列車は終わっているため、仕方なく松本で宿泊。翌日のあずさで2限登校チャレンジをしたのでした。

 

やたら長かった今回の遠征も今回の記事をもって全日程を文字に書き起こすことが出来ました。青春18きっぷもないシーズン、長距離きっぷを使ってこんな旅に出るのはいかがでしょうか。

*1:①の記事を参照。JR線で都区内→都区内なるルートを作る上でここを新幹線にする他なかった。

*2:松本~長野間は往復乗車券を購入